2012年05月15日 (火) | 編集 |
風邪をひいてしまい、ほぼこの三日間、倒れている。
病院に行けばよかったのだが、季節の変わり目の風邪くらいすぐに治るだろうと思っていたので、自然に任せていたら、だんだんと悪くなって、熱がさがらないし、何だか吐き気までしてきた。
このままでは、たかが風邪くらいで、何日も仕事を休まないといけなくなるので、もう今日、病院へ行く。
いつも行く病院は、さっと血液を抜取り「ああ、白血球が増えてますね」と、ともかくすぐに点滴を打ってくれるので、すぐに楽になる。
福岡ポエイチ用の小品を完成させてから、もう次号の構想を考えている。
次号では、テーマを『世界』とし、少なくとも僕の気持ちの上では、この十号までの『何故?』活動の集大成としての作品をと考えているから、少なからず気合が入っている。
この十号までの全てをこの一作に凝縮したい。
ネット、命、自由、愛、こども、言葉、リアル、夢、欲望、というもの全てを考えながら、僕の世界を構築できたらと思っている。
これは、かなり難解なことなのだが、それでも3年分の重みが僕を支えてくれている。
きっと今の僕なら、書けるはずだと根拠なく思えるから不思議だ。
あと少し気持ちに変化もある。
久しぶりに九号を送った読者の方が、現在介護の毎日だということを知り、それを聞いて、どうにかその日常を楽しくできる「癒し」の要素も付け加えたい気持ちになった。
深いテーマ性がありながら、癒されて、たまに笑えるもの。
太宰治などは結局コメディアンであったのだから、僕もできるなら現代における、そういう存在でありたいと思う。
難しいことはいいたくないし、何も考えて欲しくもないかもしれない。
ただ、「ああ、生きていて良かった」と思ってもらえる作品を書きたい。
ただ今までは今まででいいのである。
これまでの軌跡がなければ、僕はここにはたどり着いていないのだから、それを否定しない。
あれは、あれで、良い。
ただ、今後は、少し、方向性を変えようと思う。
本当の笑いは、どれだけ悲しんだかで決まるということを証明したい。
といいながら、まだ何にも思い描けないが、多分、大丈夫だ。
病院に行けばよかったのだが、季節の変わり目の風邪くらいすぐに治るだろうと思っていたので、自然に任せていたら、だんだんと悪くなって、熱がさがらないし、何だか吐き気までしてきた。
このままでは、たかが風邪くらいで、何日も仕事を休まないといけなくなるので、もう今日、病院へ行く。
いつも行く病院は、さっと血液を抜取り「ああ、白血球が増えてますね」と、ともかくすぐに点滴を打ってくれるので、すぐに楽になる。
福岡ポエイチ用の小品を完成させてから、もう次号の構想を考えている。
次号では、テーマを『世界』とし、少なくとも僕の気持ちの上では、この十号までの『何故?』活動の集大成としての作品をと考えているから、少なからず気合が入っている。
この十号までの全てをこの一作に凝縮したい。
ネット、命、自由、愛、こども、言葉、リアル、夢、欲望、というもの全てを考えながら、僕の世界を構築できたらと思っている。
これは、かなり難解なことなのだが、それでも3年分の重みが僕を支えてくれている。
きっと今の僕なら、書けるはずだと根拠なく思えるから不思議だ。
あと少し気持ちに変化もある。
久しぶりに九号を送った読者の方が、現在介護の毎日だということを知り、それを聞いて、どうにかその日常を楽しくできる「癒し」の要素も付け加えたい気持ちになった。
深いテーマ性がありながら、癒されて、たまに笑えるもの。
太宰治などは結局コメディアンであったのだから、僕もできるなら現代における、そういう存在でありたいと思う。
難しいことはいいたくないし、何も考えて欲しくもないかもしれない。
ただ、「ああ、生きていて良かった」と思ってもらえる作品を書きたい。
ただ今までは今まででいいのである。
これまでの軌跡がなければ、僕はここにはたどり着いていないのだから、それを否定しない。
あれは、あれで、良い。
ただ、今後は、少し、方向性を変えようと思う。
本当の笑いは、どれだけ悲しんだかで決まるということを証明したい。
といいながら、まだ何にも思い描けないが、多分、大丈夫だ。
2012年05月12日 (土) | 編集 |
文学フリマ後、九号を予約していた人に発送した。
明日くらいには、大体の人のところに届くと思う。
本当は、こっちの方を早めにしないといけなかったのだが、旧知の仲の人が多いので甘えさせてもらった次第だ。
あと文学フリマ会場で注文を受けた五号については、紙がきれていたので、もう少し先になる。
(えー、ひなさん、五月中には送りますので、少々お待ちください。)
六月十日には、福岡ポエイチがある。
実は文学フリマで余ったものを、そのままと考えていたが、九号10冊と四号三冊と創刊号一冊しか残らなかった。
『何故?』に関しては作るのに案外気力と体力と時間がいるので、今からではちょっと無理だ。
その分、テーマを九州とし新たに創る福岡ポエイチ用の冊子『何故?別冊ー九州ー』を充実したものにして、九州初の文章系即売会に華をそえたいと思う。
僕は、大分県の繁華街都町を舞台に、原稿用紙10枚程度のエッセイみたいな私小説みたいなものを、もう書き上げた。
タイトルは、
『だけん、いつも、僕らは…』
という。
まだまだ他の参加者からも、九州にまつわる創作物が届くはずだから、九州での文章系即売会の思い出にでも、この『何故?別冊ー九州ー』を読んでくれたら嬉しい。
うぬうぬ。
明日くらいには、大体の人のところに届くと思う。
本当は、こっちの方を早めにしないといけなかったのだが、旧知の仲の人が多いので甘えさせてもらった次第だ。
あと文学フリマ会場で注文を受けた五号については、紙がきれていたので、もう少し先になる。
(えー、ひなさん、五月中には送りますので、少々お待ちください。)
六月十日には、福岡ポエイチがある。
実は文学フリマで余ったものを、そのままと考えていたが、九号10冊と四号三冊と創刊号一冊しか残らなかった。
『何故?』に関しては作るのに案外気力と体力と時間がいるので、今からではちょっと無理だ。
その分、テーマを九州とし新たに創る福岡ポエイチ用の冊子『何故?別冊ー九州ー』を充実したものにして、九州初の文章系即売会に華をそえたいと思う。
僕は、大分県の繁華街都町を舞台に、原稿用紙10枚程度のエッセイみたいな私小説みたいなものを、もう書き上げた。
タイトルは、
『だけん、いつも、僕らは…』
という。
まだまだ他の参加者からも、九州にまつわる創作物が届くはずだから、九州での文章系即売会の思い出にでも、この『何故?別冊ー九州ー』を読んでくれたら嬉しい。
うぬうぬ。
2012年05月08日 (火) | 編集 |
申し訳ありません。
かねがね何度も読み返してはいるのですが、自分の作品になると、思い込みもあるようで、早速、指摘を受けましたので、この場を借りて、お詫びと訂正をさせて頂きます。
何故?九号ー欲望ー掲載
冬子は、森へ
二行目
いつくもの×
いくつもの○
になります。
ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。
また、指摘してくれて、ありがとうございました。
かねがね何度も読み返してはいるのですが、自分の作品になると、思い込みもあるようで、早速、指摘を受けましたので、この場を借りて、お詫びと訂正をさせて頂きます。
何故?九号ー欲望ー掲載
冬子は、森へ
二行目
いつくもの×
いくつもの○
になります。
ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。
また、指摘してくれて、ありがとうございました。
2012年05月07日 (月) | 編集 |
文学フリマが終わりました。
さきほど、東京から大分に、帰宅しました。
今回も、色々な方にお越しいただき感謝しています。
短い会話ですが、少しばかり話をさせていただき、色々な視点で見ていただいていることを再確認できました。
そうして、『何故?』とは何だろう、と僕自身改めて考えさせられました。
一口に言うと、『何故?』とは、やはり、読者自身だと思います。
媒介でしかない作品です。
それらの作品を通し、自分自身の心を透かしみる、フィルターではないでしょうか。
今回、改めて、そうでありたいと思いました。
自己主張するだけの個人やサークルが多いなかで、僕は、このことを、揺るがない指針にして、次回も皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
次号のテーマは、『世界』です。
第十号目の記念すべき号として、ハンドメイド本の最高峰の名に恥じない、最高の本を提示したいと思います。
それでは、ありがとうございました。
次回も、よろしくお願いします。
さきほど、東京から大分に、帰宅しました。
今回も、色々な方にお越しいただき感謝しています。
短い会話ですが、少しばかり話をさせていただき、色々な視点で見ていただいていることを再確認できました。
そうして、『何故?』とは何だろう、と僕自身改めて考えさせられました。
一口に言うと、『何故?』とは、やはり、読者自身だと思います。
媒介でしかない作品です。
それらの作品を通し、自分自身の心を透かしみる、フィルターではないでしょうか。
今回、改めて、そうでありたいと思いました。
自己主張するだけの個人やサークルが多いなかで、僕は、このことを、揺るがない指針にして、次回も皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
次号のテーマは、『世界』です。
第十号目の記念すべき号として、ハンドメイド本の最高峰の名に恥じない、最高の本を提示したいと思います。
それでは、ありがとうございました。
次回も、よろしくお願いします。
2012年05月03日 (木) | 編集 |
結局、整理したら、ツイッターでの本当の知り合いは40人くらいかな。
facebookはほとんど知らないけど全国に散らばる劇団どくんご繋がりだから仕方ないし、もともとリアルでよく会う人をわざわざ友だちにする必要も感じない。
色々な出来事があるだろうが、それは会った時に、話そう。
じかにその話を聞きたいと思う。
mixiはまあこれでいい、たまに面白い人がやってきてくれるし、ここは匿名なりの良さもあるし、ネットだけでもかなり付き合いの長い人もいて、心通じている人も多い。
「でも、これじゃあ、新しい人間関係ができなくなるんじゃないかな?」
という意見も自分のなかにあるが、それはこれから、本当の意味で、たとえばリアルで会ったり、またはネットのなかでも心魂こめて対話したあとで、新たに少しずつ構築していけばいいのかなとも思う。
何となくのバーチャルな付き合いの投げやりさが、現実世界にまで投影されてしまうよりは、マシだ。
「反SNSの会とは何ですか?」
副会長のしんさんは副会長でありながら、そうたびたび尋ねる。
だから、僕は、こう答えるのである。
「ネットをツールにした、本当の人間関係の構築。いわば反SNSの会は、言い方を変えれば、真SNSの会と言える」
facebookはほとんど知らないけど全国に散らばる劇団どくんご繋がりだから仕方ないし、もともとリアルでよく会う人をわざわざ友だちにする必要も感じない。
色々な出来事があるだろうが、それは会った時に、話そう。
じかにその話を聞きたいと思う。
mixiはまあこれでいい、たまに面白い人がやってきてくれるし、ここは匿名なりの良さもあるし、ネットだけでもかなり付き合いの長い人もいて、心通じている人も多い。
「でも、これじゃあ、新しい人間関係ができなくなるんじゃないかな?」
という意見も自分のなかにあるが、それはこれから、本当の意味で、たとえばリアルで会ったり、またはネットのなかでも心魂こめて対話したあとで、新たに少しずつ構築していけばいいのかなとも思う。
何となくのバーチャルな付き合いの投げやりさが、現実世界にまで投影されてしまうよりは、マシだ。
「反SNSの会とは何ですか?」
副会長のしんさんは副会長でありながら、そうたびたび尋ねる。
だから、僕は、こう答えるのである。
「ネットをツールにした、本当の人間関係の構築。いわば反SNSの会は、言い方を変えれば、真SNSの会と言える」



